VOICE of PR Planner (2013年4月)

(株)井之上パブリックリレーションズ 執行役員経営企画室 室長

兼 アカウントサービス本部 戦略企画部 部長

尾上玲円奈

  初めまして。(株)井之上パブリックリレーションズの尾上玲円奈と申します。今月から毎月連載される『Voice of PR Planner』の第1回目をひょんなことから担当させていただくことになりました。コラムを担当した方が次回の担当者をご紹介する形式で、数多ある組織の様々なポジションで働くPRプランナーの生の声をお届けできればと思っています。   まずは私自身の自己紹介から。私とパブリックリレーションズとの出会いは、大学4年生の時に訪れました。偶然シラバスで見つけた面白そうな授業、それが現在私が勤める井之上PRの社長、井之上 喬客員教授の「パブリックリレーションズ概論」でした。そもそも日本で誤解して使われることの多い「PR」という言葉ですが、例によってPRを完全にプロモーションや宣伝の類だと考えていた私にとっては、パブリックリレーションズの本来のあり方や実務をケーススタディで学ぶことのできる衝撃の授業でした。大学卒業後、NHKで記者として働き始めると、危機対応への準備や情報露出に対する戦略性のなさなど、従来型の日本の組織に根付いていないパブリックリレーションズの現状を報道の現場で目の当たりにして愕然としました。報道の現場を知る者として、日本のコミュニケーションシーンを立て直す仕事に携われればと、2007年に井之上PRに転職しました。 転職したその年に偶然にもPRプランナーの資格試験が始まるという話を耳にしました。1次試験から3次試験まであるのを知って少し躊躇いましたが、学生時代以来、体系的にパブリックリレーションズを学び直す良いきっかけにもなると考え、受験を決意しました。どのような問題が出るのか予測も立てられない中、試験項目をチェックして参考図書を参照しながら知識を整理したのを思い出します。 運良く3次試験までパスすることができてからは、PRプランナーが集うPRプランナー交流会に第1回からほぼ毎回参加させていただいています。交流会ではPR会社だけでなく、メディアや広告代理店、事業会社や公的機関で働く方々と横の繋がりができ、仕事をご一緒したり、BBQやダイビングツアー、ワインの会を実施したりと、様々な立場の方と公私ともにお付き合いが続いています。資格試験制度が始まってまだ5年と少し。まだまだ若手が多数を占めるPRプランナーではありますが、これからも仲間がどんどん増えていくのが楽しみです。   私自身は現在、戦略企画部の部長として、政党から行政機関、民間企業のコーポレート・コミュニケーションやマーケティング・コミュニケーションに始まりクライシス・コミュニケーションに至るまで幅広い業務を担当しています。クライアントとお話ししていて最近特に感じるのは、パブリックリレーションズが何たるかを深く理解する人が増えてきているということです。社会と関わる上での倫理観や双方向性、社会の変化に伴う組織体の自己修正など、パブリックリレーションズ発想の根底にある価値に気付く人が日本国内でも増加する。そのことで、日本では組織運営上これまで蔑ろにされがちだったけれども、実は極めて重要なパブリックリレーションズに携わる人材の層が厚くなり、日本の情報受発信力も磨かれていくのではと考えています。   事業会社のPR担当者や我々PR会社の各コンサルタントがパブリックリレーションズのことを深く理解していることも勿論重要ですが、個人的には、直接はPRに携わっていない方がパブリックリレーションズのことを本質的に理解していることも大切だと思っています。そうした意味で、広告代理店 ㈱電通テックにお勤めで、畑は違えどPRプランナーの資格を活かし活躍されている長竹さんを第2回のコラム担当者としてご紹介したいと思います。長竹さんとは、第1回のPRプランナー交流会で知り合い、日本のコミュニケーションシーンを改革したい、と意気投合して以来PRプランナーを中心とした私的交流会を共に立ち上げた人物です。今の仕事の話に留まらず、彼のリサーチャーやクリエイターとしての経験や、私のジャーナリストとしての経験なども持ち寄り、定期的に意見交換させてもらっています。   という訳で、『Voice of PR Planner』第2回をお楽しみになさっていてください。   最後まで目を通していただき有り難うございました。