VOICE of PR Planner (2014年12月)
私に成果と変化をもたらしてくれたPRプランナー試験
(株)野村総合研究所
都甲 晋平
この度、株式会社トライバルメディアハウスの鈴木宗太様よりバトンを引き継ぎました、株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部 CSR推進室の都甲晋平と申します。 CSR推進室は、社長直轄の組織として2004年10月に発足し、私はその際に配属されました。以来10年。担当する業務のローテーションはありましたが、ずっとCSRに携わっています。配属当初、私はCSRという言葉は知っていましたが、それが具体的にどういうものであるのかについて、まったく知りませんでした。また、当時はPRを「宣伝」のことだと思っており、CSRがPRの一環であると知ったのは、PRプランナー試験に向けて勉強を始めてからでした。 PRプランナーの資格取得を目指すきっかけは、まず、2009年4月にCSR推進室が広報部と一体化してコーポレートコミュニケーション部となったことでした。この部では、当時も現在も、基礎的な素養として、この資格を取得することが推奨されています。次に、試験に本腰を入れるきっかけは、担当業務のローテーションでした。2004年以来、私はずっとCSR報告書の作成を担当していました。それが、2011年度に大学生・留学生・高校生を対象とした「NRI学生小論文コンテスト」というイベントを担当することになりました(当社では、社会貢献活動として「人づくり」に特に力を入れています)。そこで、応募促進のためPRを積極的に行おう。PRをきちんと勉強しよう。そしてPRプランナー資格を取ろうと本気で思うようになりました。 しかし、私にはそれまで、ニュースリリースを書く機会も、PRの企画を立てる機会も、あまりありませんでした。その経験不足を補うため、PRSJの3次試験対応講座を受講しました。これは、とても素晴らしい講座です。まず、教材を読んだだけでは実感として理解ができない踏み込んだ内容を、講義と演習で学ぶことができました。そのおかげで、私は実務能力が問われる3次試験に合格できました。加えて、この講座は、受講生同士のネットワークを育むことにも配慮がなされており、メンバーを変えてのグループワークが何度も用意されていました。そのため、鈴木宗太様をはじめ、多くのPRパーソンと自然に知り合うことができました。ここでの出会いが、PRパーソンの皆さんとのネットワークの核になっていて、今も広がり続けています。 業務に話を戻すと、告知活動に学んだことを毎年少しずつ組み込み、ブラッシュアップしたことが功を奏し、NRI学生小論文コンテストへの応募総数は毎年、前年を上回ることができました。 2014年度に、3年ぶりにCSR報告書の作成を担当することになりました。慌ただしい業務が落ち着いてくると、PRの対象を「CSR報告書全体」というまとまりだと、自分が無意識のうちに決めつけていたことに気づきました。それが、CSRのPRを難しいものと思わせてきたのかもしれません。つまり、CSR報告書に掲載されているコンテンツ一つ一つがPRの素材になるのではないか、ということです。 CSR報告書のコンテンツのほとんどは、私にとって目新しくありませんが、「まだ世にあまり知られていない」という意味での新鮮さを残している素材がたくさん埋もれているのではないか。それは、ニュースリリースでのPRには向かなくても、他の方法で当社のPRに活かせるのではないかと思えるようになりました。 こうした私の成果や変化は、資格試験のために学んだことが礎となって、もたらされたものです。勉強は大変でしたが、この資格をとって良かったと思っています。 さて、このところ私の同期合格者の間でバトンが受け渡されてきたようです。この辺りで、他の代にバトンをお渡しするのも良いのではないかと、株式会社ミサワホームの武田路和様にお願いしたところ、ご快諾くださいました。資格取得から年の浅い私たちからは出てこない、貴重なお話が聞けると思います。どうぞお楽しみに。